ぺーぱーふぇいす

雑記と備忘録。私はプログラマ。

資格取得しないと昇格できないとかいう

資格取得を実質強制する理由(建前)

資格取得しなければ昇格(昇給)しないといけないという昇進モデルを採用している場合、それに対する会社の言い分は下記に該当する。

  1. 社員の市場価値を挙げるため
  2. 社員のスキルを"見える化"して正当な能力を評価するため
  3. 社員の向上心を上げるため
  4. そして会社としてはこれは強制ではない

資格取得を昇進モデルに組み込むことで、個人のスキルアップひいては向上意欲だか意識を上げる。
そして、そうした努力や資格取得によって証明されるスキルを用いて人事評価を行う……といったことを目的(ということに)している。
最後の「そして会社としてはこれは強制ではない」というのは、資格取得に対してあまりにも強制的な立場を撮るとパワハラ(この場合"シカハラ”とかいうらしい。もっとネーミングなんとかならなかったのかコレ)になるので、よく企業側は最後にこう付け足している。あくまでこうした資格取得は昇格を望む場合によるので、取得しないのも自由ですよーってわけ。まあ昇格はともかくそれに伴う昇給を望まない人間なんてほぼ居ないので、実質強制みたいなもんだと思うけどね。

けっこう嫌味で含みのあるような書き方をしたが、私の大雑把な所感はこうだ。

プログラマに資格は必要か?

プログラマ、SEに資格は必要だろうか?
私は別に必要ではないと思う。
「コイツは一回、基本情報くらいのことを一旦勉強しといた方がいいんじゃねぇか?」とか同僚や後輩、時には上司に対して思うことはあるけれど、個人的に私が一緒に仕事をする人間に求めることはコードを書いてソースを読めることである。当然、自分自身もそうであるように心がけている。
言ってしまえば一言だが、これがきちんとできるということはオブジェクト指向がきちんとわかっていて、設計時の思想をコードに置き換え、あるいはコードから設計時の思想を読み取ることができるというなどなどを意味する。
言い換えればシステムエンジニアとしての実践的なスキルを持っているかが重要だと私は考えていて、当然そうしたスキルには相応の知識が伴っていると考えている。
ある程度ソースコードを書ける人ならばFTPがファイル転送プロトコルであることは当然知っているだろうし、SQLがDB操作の為の命令文であることを知らないということは無いだろう。つまりは、相応の知識を有していれば、芋づる式に浅くともある程度の広さの知識を伴うという考えだ。
これは別に資格でいちいち証明しなくても良いことだし、むしろこうした総合能力を測れる妥当な資格は存在しないのではなかろうか。

じゃあ、資格が無意味かというとそういうことでもない。
資格を取得をしておけば書面上の見てくれはいいかもしれないし、転職する時に優位かもしれない。
だが、「こうしたショッピングサイトを作成しました」「これくらいの規模感のDBを設計、運用してきました」とか、関わってきたプロジェクトの概要とか規模を説明できればその人のスキルを把握するには十分だと思う。
先程私が述べた「コードを書いてソースを読める」ということからさらに掘り下げて、では実際に何故そう言えるのかという裏をとるという意味ではこうしたやり取りで十分ではないかな。
「こうした資格を持っています」と言われても、果たしてそれを実践で役立たせるのかあるいは役立たせて来たのかなんてわからないし、ロジックを知っていてもそれをソースコードや設計に起こせるかというと微妙なところだしね。
個人的に新人君が入ってきたとして、「応用技術者持ってます」と言われるよりも「Dockerわかります。VPS借りて自分のブログとか建ててました」とか言われた方が個人的には評価高い。

意識が低いよりは全然良い

ここまで、私はどちらかというと「資格なんていらねえじゃん」サイドな考えを示したけど、別に資格取得自体を否定しているわけじゃない。
むしろ日々の業務をこなした上で、資格取得のために学習時間を割くなんて高いモチベーションを発揮できるなんて正直すごいと思う。
意識は低いよりも高いほうが遥かに良い
変な方向に意識が高すぎることで痛い奴に見えるのを害だとするならば、意識が低くすぎるのはその100倍は害だ。

ただ、前項で話した通り、別に資格を取らずとも必要なスキルは証明できると考えているわけで、資格自体もそれほど絶対的な証明力があるものではないとも考えている。
IT業界に居る人間であれば、資格勉強に勤しむよりも日々増える言語の一つや流行りのOSSを検証したりした方がもっと実務的には有意義で、その過程で必要な知識も紐付いてくるのではないだろうかと思っている。

まあ、ぶっちゃけて言うならば、個人的にはプライベートで仰々しい問題集を眺めて悩むよりも自分専用のwebサービスなりを開発して、それを実現するためにあれやこれや調べたり悩んだりするほうがよっぽど良い。というかその方が楽しいし、より吸収できるだろう。
少なくとも私はそのほうがよく馴染む。

資格取得を実質強制する理由(会社の本音)

さて、だがそんなことを主張したころで会社側は「ふーん、資格取らないのね。まあいいけど。あなたが昇格しないだけだし」という反応を見せるだけだろう。
ぶっちゃけ言うと、それほど会社は社員個人の資格取得に対して前に述べたようなモチベーションやら市場価値の向上に注力しているわけではない。そうなってくれればラッキー程度にしか考えていない。
本来の目的は下記によるところが大きい。

  1. 社内における全体的な給与の削減
  2. 本当の無能の排除
  3. こうした括りを設けないと社員を評価できない

資格取得を昇格の条件として盛り込んでいる大半の会社の新の思惑とは、社員に支払う給与を削減するという実にシンプルな目的につながる。
基本的に人間はそこまで頑張れない。普段仕事をしていて、さらにプライベートを費やしてまで仕事の為に尽くせるかというと、そんな人あんまり居ないんじゃないだろうか。
もっと言えば、自分のためと思ってもそんなに頑張れない
IT企業の求人を見ていればそのほとんどに資格取得に対する補助があると記載されているように、その受験料などを手当として払ってくれる仕組みがあるところが多い。それに加えて合格した暁には1~5万円程度の資格取得に対する手当が別途支給されることもあるようだが、それを考えても試験勉強に使った時間と比べると割に合わないだろう。時給に換算してみると良いんじゃないかな。
事実として、資格取得にかかるリソースは軽微ではない。
また、仕事時間外に行うというのもポイントで、恋人や家族と過ごす時間、FPSする時間、サバイバルゲームをする時間、寝ている時間、アニメを観る時間、アウトドアを楽しむ時間を削らなければいけないと考えると資格取得に投入される時間の価値は仕事をしている時によりも遥かに高い。
あなたが仕事に人生を捧げているというのならば、もうこのエントリは読まないほうがいいかもしれないが、私の意識では人生のいて仕事1割、プライベート9割くらいの比率でプライベートの方が大事だ。
いくら向上心が高い人でも、少なからずこうした意見……つまりはプライベートが大事だという意見には同意してくれるんじゃないだろうか。もしも資格取得しなくてもきちんと自分の能力が評価され、見合った対価の取得につながるのであれば、資格取得の勉強ではなく自分の好きなことに時間を費やするのでは?

社員全員が資格取得に対してそこまで高いモチベーションを発揮するわけではない。
そのため、こうした昇格/昇進モデルを実装した場合、資格取得にかかる時間は長期化するので全体的に見た社内の昇進スピードは鈍化する。
日々の業務にはあまり関係ないので、必要なレベルのスキルがいきなり不足したりはしない。仕事の質が急激に低迷するわけではない。昇格の障害となる資格取得という壁を設けることで、会社としては現状の賃金でより長い期間働かせることができる社員を得ることができるというメリットがある。先程述べた資格取得を補助を名目とした手当を支払ったとしても、お釣りが来るレベルだ。

また、そうした人件費の削減以外に、私が見てきた中では「本当に無能なやつ」を引きずり下ろすという側面もあった。
その会社の場合は、資格に対して難易度に比例するポイントが付与されていて、一定のポイントを取得していなければ該当する職級になれないという仕組みだった。つまりは、資格の有無が昇格だけでもなく降格にも関係していた
その会社がこうした昇進モデルを採用するまでは、普通に年功序列的な昇進モデルだったらしく、これが問題として表面化した為の秘策だったらしい。
どういうことかというと、大雑把に言えば「マジでITのことがなんもわからんやつが色んな部署のお偉いさんになっていまい業務がヤバイ」という状況になってしまったらしい。
そうなってしまった経緯はそれなりにあるらしく、既存の年功序列昇進モデル以外にも親会社の都合で吸収した関係子会社(同じグループというだけだったかな?)がそもそも別業種で、一緒にぶら下がってついてきた役員のITリテラシーが壊滅的なのに、上からの圧力でそれなりの役職を用意せざるをえなかったとか。その上、そういう連中の仲良しこよしな「なあなあ」の関係とか、元々比較的大きくて無駄に歴史のあるグループ企業という背景からか、「派閥」というくだらない基準で役員だとか部長職への昇格が簡単に決まってしまう(または逆に特定の派閥や元々所属していた会社によっては難しくなる)とかいう現象が発生。結果として公正な人事評価が行われず、惨憺たる状況になったらしい。
そこで、マジでITのことがわからん人には取得できないであろうIT系資格を複数取らなければ重役からは退くことになる仕組みを作ることで浄化を試みた……ということらしい。
まあこれはレアケースかもね。

あとは、自分が見てきた資格を必須とする昇進モデルを持った会社さん達には共通点がある。
その大体が200~400人もしくはそれ以上の規模を持つ中堅かもしくは中堅になりかけているくらいの企業で、毎年新卒を採用しているようなところが多かった。
この大量の人員を正確に評価できるかというとこれがノーであることもある。
何故かというと、評価すること自体にもコストがかかるから。全ての人員に対して評価が正当で公平であるための仕組みを作り、それを実施するためのコストのことだ。これもまた軽微ではない。
第三者の機関が制定した資格を基準とすればその評価基準はある種公平だし、その取得にかかる学習時間は本人が、試験場所や教材は本人または機関が用意すれば良いとなれば企業からすればこれは非常に楽でいい。
ただし、私が不満というか疑問を抱くように、それが単純に業務に必要なスキルであるかといった点については妥当だと思わない。私からすればもっともらしい理由をつけて、正確な人事評価を放棄したように感じる。

こうした比較的多くの人員を抱える企業にとっては、やはり昇格スピードを鈍化させるのは効果的な人件費節約にもなるし、個人の実力や成果を見極めるよりも資格の有無で職級を決めてしまったほうが人事的なコストも軽微で済むというコスト面でのメリットが非常にデカイのかもしれない。
また最後に述べたようなレアケースのように、やや腐敗して正常に機能していない人事評価を浄化するのにも役に立っているのかもね。

いずれにしても

そんなわけで、私はこうした資格の保有ありきでダイレクトに昇格/降格を判断している企業は「企業内で正確に社員の能力を自力で把握することができない」あるいは「意図して昇格スピードを鈍化させている」と考えている。
私は社会に出て、こうした資格取得しないと昇格できないという昇進モデルがIT業界に存在することに驚いた。
実際、こうした昇格モデルを持つ会社に居たこともある。

ここまでいろいろ述べて、「はいはいwwwただ資格取る勉強したくないだけでしょwww」と言う人も居ると思う。
実際その通りで、資格取得に数万円、数週間というリソースなんか払いたくないという思いに尽きる。
それが後々、給料面で返ってくると考えてもそもそも何で普段の業務から社員を評価できないのか謎だし、数週間という時間は戻ってこない有限なリソースであって、会社にどうこう言われてはいはいとお休みを犠牲にしてと差し出すほど自分のプライベートは安いものではない。少なくとも私のプライベートにはそれだけの価値がある。

こうした資格取得を昇格/昇進システムに平然と盛り込む人事はリソースやコストに対する意識が会社に対してしか向けられていない。
何かをするに関係するコストとは、会社としての費用や時間(期間)をコストとして捉える。
そのため、社員が資格取得にプライベートという貴重なリソースを消費しているという感覚が薄く、そこに資格取得手当や受験料を負担し、少ならからず昇給(=昇格)につながっているというスタンスをとれば対等でチャラになると考えている。
社員個人のプライベートを軽んじている

「そんなに会社に貢献するのが嫌か」
とよく言われたが、「嫌」というよりもどちらかというと「不可能」だ
極端な例で話をしてしまって申し訳ないが、年老いた親の介護をしている社員が居たとして、その人が昇格のために実質強制された資格取得にプライベートを浪費させられてしまうとしたらどうだろうか?
極めて貴重なプライベートを浪費して、資格取得に励めと言えるだろうか? 逆に「親の介護があるから資格取得は諦めて、業務時間内の仕事はしっかりしよう」とこの社員が思ったとして、果たしていくら業務を頑張っても昇格として目に見える評価と報酬にならないという現状に仕事の質を維持できるかだろうか? 維持できたとしても向上することはないだろう。

プライベートとは言わばその言葉のとおり、個人個人が持つ個々の時間であって、個人が自由に使えるリソースとして本来確保されていなければならない。人間は本来働くためだけに生きているのではないのだから、労働と一切関係ない時間が絶対的に確保されていなければならないのは当たり前なのだ。
これは個人がプライベートに多忙な時間を抱えているかどうかの是非ではなく、プライベートは企業側が踏み込んではいけないし、そもそも会社が考えるありとあらゆる仕組みに盛り込んではいけない要素である。取らぬ狸の皮算用に該当する。
残業代を払うのは労働時間が定時を破り、個人のプライベートを侵してしまった代償として仕方なく労働時間として買い取るのであって、こうしたそもそもプライベートを消費する前提の会社のシステムを考えてしまうのは本当に残念としか言いようがない。
本来、会社というのは社員を予め決められた労働時間の中で扱わなければいけず、その枠を安易に飛び越えてはならない。その中でできた成果や実績に対して報酬を決定するのであって、報酬を決定する指針を社員が持つ価値も量もバラバラなプライベートに見込むの筋違いもいいところだ。
これで「まあ、資格取得しないで昇格しないのは個人の問題だし、別に強制していない」などど寝言を言って逃げる人事も居るが、それもおかしな話だ。
会社は日々、業務内容を改善していかなければならないわけで、会社の業績を決定する指針は社員個人の資格ではなく業務にある。その業務を完璧にこなしても、結果的にさらに別の要素(しかもプライベートを消費する)に尽力せねばならないとした時、果たして社員のモチベーションは上がるのだろうか? 否、下がる。
同じ職種に在席していれば基本的にその人の業務スキルは上がるし、こなす仕事の量や質は当然高くなっていく。もちろんそれを本人も自覚するので、例え昇格を望んでいない個人でも実際にこなした業務と報酬にギャップが出て来るのは感じ取るし、やがては不満につながる。
企業自体が本当の意味で正当に社員を評価し、意欲の向上を考えているとは思えない。
そうした会社が果たして良い企業なのかと問われればノーとしか言いようがない。
本当に純粋に「社員に知識やスキルを高めてもらいたかった」と考えていたのであれば、昇格モデルとは別に盛り込むべきだった。

じゃあどうするべきか?

基本的に資格取得は報酬増加におけるプラスアルファの要素として考えるべきだ。
ある程度の保有資格により、基本給に相応の手当が付くとか、保有時に手当が貰えるとか。その程度で良いと考える。
それこそが本当の意味で資格取得は強制ではないということだ。

時たま企業はアホなことを考えるのだけど、これも一つの例だろう。
最近やっと働き方改革で残業を削ろうだの、育児休暇をもっと取りやすくしようだのといった動きが出ているが、今もこうして社員により多くを求める企業が居るのだと思うとややうんざりするね。
本来企業と社員は「労働力を提供される/する」といったシンプルな構造があり、企業はよりその質を高める為に報酬や休暇、それらを保証するような仕組みを設ける。
だが、何をトチ狂ったのか企業は社員個人に時として業務推敲能力意外のものを求めて、それらしい高等な構造を作り上げたと勘違いする(あるいは意図的にそのように振る舞う)。

こうした資格取得を昇格/昇進の条件として実装した企業の中で純粋にプログラミングや開発力を日々高めるために尽力していると思える会社は無かったよ。基本的に人月工数でしか作業を考えられず、冗長なコードを現場で量産しまくるタイプ。
比較的若くてトレンドな技術の知識を持った若手から辞めていき、レガシーな開発しかできない人間がより会社に残るという傾向があったように思える。

別に私自身この考えが本当にエクセレントでパーフェクトだとまでは思っていないけれど、大方正しいという自信はある。
まあ、私が言いたいのは
「本当は給料削減するためでしょ?」
「公平な評価システムが用意できない無能なんでしょ?」
ということ。

会社はもう学校じゃねーんだから、いい加減もっと真面目に頭を使ってマネジメントしたらどうかと思う。